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2009年12月

bio来年はダニエル・ジョンストンからボブ・ディランまで話題の来日が目白押しらしいですが、僕はこのバンドを観る予定です。土曜だから仕事はなんとかなろう、というのが選んだ大きな理由(苦笑)。
先日、『ALL TOMORROW'S PARTIES』というロックフェスのドキュメントDVDを観まして、毎回僕の好みの顔ぶれなのですが、実際はリサーチしとりませんで、これはいいもの出たと買った次第。
今や大人気のYEAH YEAH YEAHSも収録バンドのひとつ。以前から聴いていたし映像もよくて、生で観れればなあと思っていたところでした。ただ情報気づいたのが遅すぎてチケットのスタンディングブースは悪そう。はしゃぐワケではないからどうでもよいんすが。ひさびさの現役ギターバンドなので楽しみ。
そのほか来年の1月の楽しみとしては、大相撲初場所の魁皇と、シャルロット・ゲーンズブールの新譜(Beckがプロデュース)ですか。
今年の総括? つまらないから省略。年明けまでもう1回ぐらい更新できそうです。
→ DVD『ALL TOMORROW'S PARTIES』
→ 来日情報

▲本館・枝枝新報▲

754558_2774121954師走に突然ナチス話。
まあ、なぜかは流れがありまして、というのもこの秋DVDで『ワルキューレ』を観てから、ひさびさにナチスがマイブーム再燃してたのです。
関連書籍や映画に触れていたので先週観た『イングロリアス・バスターズ』は好タイミングだったかも。僕がナチスで一番の興味があるのは宣伝相ゲッベルスでして、『イングロリアス…』のストーリーでも重要な位置にいます。プロパガンダ映画の製作や党大会の企画など、宣伝メディアに関する彼の辣腕ぶりは有名ですが、中でも彼が総指揮した『コルベルク』という映画は極めつけのエピソード。

ドイツの戦況が悪くなりはじめた1943年冬。国民と軍を鼓舞するために製作されたもので、フランス・ナポレオン軍に抵抗するコルベルク地方ドイツ軍の勇姿をなぞらえた内容。製作費用の高さは当時の世界としては破格だったらしくしかも全編カラー。さらにしかも、クライマックスの戦闘シーンのエキストラに、最前線を上回る18万(!!)の現役兵士を動員させたという。
せんでん戦局的に悪化の一途をたどる国防幹部が納得するわけがなく猛抗議をしますが、ゲッベルスは「いま前線で戦うより、この映画に出演することに意義がある」と、完全無視で製作を強行。ですが、封切りされた1945年のベルリン市内は連日爆撃被害のさなか。興行的にはさんざんだったらしい、ってそりゃそうだろう。彼はこの映画がドイツを奮い立たせると本気で考えてたようで、まさに本末転倒、誇大妄想の極み。
ハリウッドをはじめ世界中の映像を鑑賞していた元祖映画マニア・ゲッベルスは、生きる時代を明らかに間違えた、のかどうかはともかく、現代の娯楽業界と比べちゃならぬ規格外の狂気です。

勢いで予約しちゃいました→“究極のナチスプロパガンダ映画が初の商品化”
▲本館・枝枝新報▲

5d74-n前回のぐったりな更新から気分を改め…。
ようやく観ることができました、タランティーノ新作。噂通りこれはホントに面白過ぎ。
オープニング〜第1章から音楽映像はキメキメ。ラストまで150分という長さを感じませんでした。
相変わらず長い会話シーンも緊張感を高める演出でさえまくり。暴力描写も容赦なし。後者については我慢していただき、とにかく娯楽系ナチス映画として後世語り継がれる作品となるでしょう。あえて文句つければ、、、ヒトラー役の顔が似てなかったことくらい(苦笑)。『最期の12日間』のブルーノ・ガンツを観ちゃった日にゃ、これはこれで仕方ないかも。オマージュ的情報量もハンパないですが予備知識なくても問題なし。気にせずご堪能あれ。
本作のような堂々と史実に逆らう作法って、(テイストは違いますが)日本のコミック、『大奥』や『へぅげもの』を連想しましたが、大胆な作家性があらわになって刺激的です。こういうのジャンル問わず今後さらに増えるか?
目下あいも変わらず仕事三昧ですけども、本作とダニエル・ジョンストンの新譜でなんとか活力チャージ(できたつもり)。

→映画comでの特集
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IMG_2729画像はレインボーマンDVDより。主人公タケシが死ね死ね団による発狂剤キャッツアイを飲まされ、彼らが買収した精神病院で殺される?という内容。
それはさておき、最近の僕は連日深夜残業でクソミソです。師走だからというのもありますが、たぶんそれだけではないんです。とにかく朝帰り・昼出・深夜残業がこうも続くと、そんな状態に疑問抱くゆとりもなく、この自分を受け入れるざるをえません。必死に仕事してる時も、こうしてブログ更新してるときと同じく“自分はいまただパソコンの前にいるだけ”とひと塊に考えてみようかと。哀しみも憤りもなく、ただ一切がすぎてゆくだけ、ってのは演出がかった物言いですが、要は自分を仕事人間と認めるっつーだけのこと。中年サラリーマンらしい折り合いの付け方(か?)。たまに、いましろたかし読んで自虐的に笑ってみたり。きっとそれがめでたし。
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