211112asahi-n先日11月9日に亡くなった瀬戸内寂聴さん。
著作に感銘を受けたわけでもなく、特別な思い入れはないですが、おそれながら更新ネタに使わせていただきました。

この訃報で天台宗の教えである「忘己利他(もうこ・りた)」を体現し続けた生き様が、改めて各メディアで話題になったと思います。
僕が猫なみ劇場でテーマとしている「記憶」とは視点が異なるものの、やはり「忘己」というのは「人の生き方」「自分とは」を考察する上で興味深い。「自分」がある意味、邪念(?)そのものであり、「忘れる」ことが何かを見極める道筋になるのではと。実はこうしたことって観念でなく日常のいろいろな場で考えてることだろうけれど、寂聴さんの実践力は半端なかったでしょう。
ふと思い出したのは、以前ここで記した中島敦著「名人伝」。弓の名人が厳しい修行の末に弓を射ることを完全に忘れるという。自己犠牲や献身活動などでなく、自分とは何かという話ですね、これは。あと、そう、レオス・カラックス監督「ホーリー・モーターズ」で主人公が口にする「おまえに対する罰は、おまえがおまえでありつづけること」というセリフも思い出したり...
とりとめがなくなるのでもうやめときましょう。こんなこと考えさせる寂聴さんはやはりさすが(苦笑)。
改めて故人のご冥福を深くお祈り申し上げます。

→ 枝枝新報 本館・猫なみ劇場 第128話
  (猫なみ劇場 表玄関は[こちら]です)