やや間があいてしまいましたが、やはり記しておきます。この日、10月21日に亡くなった友人M田氏の通夜に参列しました。同い年の友人のこういう類は初めての経験です。おなじみ飲み仲間の礼服姿など、いろいろと特別な夜でした。

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M田氏は鍵盤奏者でもあり、僕のカミさんと同じバンドに在籍したり、コラボレーションをしたこともありました。
彼が癌宣告を受けたと知ったのは、4年前友人M崎氏のメールから。その後セカンドオピニオンで治療を続け、経過のよい時期もあったのですが、余命わずかで覚悟を決めたと同M崎氏から聞いたのは9月下旬。この数年間まとめていた自分の楽曲音源の仕上げを急ピッチで進め、無事にネットへアップロードすることができました。M崎氏の助けを借りつつ、思いを遂げることができたのは何よりです。
自分が死ぬ前に何をするか、自分を生きた証をどのように残したいか。その時になれば、誰もが考えることで人それぞれでしょう。
在りし日の記録(blog、SNS)をネットに残している亡き友人知人が何人かいまして、今回もその後、彼の楽曲を聴いていますが、何とも奇妙な思いに駆られます。彼は何を考えながら残り時間を過ごしたのだろう。そして自分のときはどうなるのか。
以前、僕がネットをやっている目的は、交流や自己アピールではなく、ただ記憶を記録するためと記したことがありますが、彼の近況を知る前からこれらの残し方について以前とは違う心持ちになっていました。それがどういうことか、どんな機会で記すことができますやら。
画像は2008年に行った温泉旅行の時。M田氏は左。

→ 友人M田氏の楽曲が聴けるサイト Sound Cloud

この場で改めて彼のご冥福を深くお祈りいたします。