歎異抄

2014年02月09日

[140204]第75話 仏慈悲忘念仏

SHINRAN-n「エディついに宗教ネタ!」とお思いかw。
年末に母親の葬儀・法要で浄土真宗のお世話になって以来、親鸞に興味を持ち、ネットの関連サイトや書籍を読んでいます。
故人は四十九日関係なくその日に即身成仏。戒名と言わず法名。位牌や喪中の必要もなし等、一般的な宗派といちいち作法が異なる点がまず気になったんですよ。
親鸞との出会い?は、中学の夏休みに家族で馴染みの親戚宅(金沢市)へ行った時のこと。会話したことない無口な義祖父の部屋に忍びこむと、本棚に親鸞関連の書籍ばかりが多数並んでいたのです。教科書で悪人正機説と肉食妻帯の坊さんってぐらいは知ってましたが、その頃はもちろんふ〜んってな程度で。
親鸞は当時の仏門界に意義を唱えた宗教改革者でした。先月、現代訳の『歎異抄』を読み終え、彼について関心をさらに深めています。「念仏をひたすら唱えるだけで浄土にいける」「悪人こそが救われる」という教義は確かに多くの誤解を招きますが、あらゆるパラドックスに満ちたこの書籍は、そんな点も含めさまざまな思慮思索の広がりを見せており、宗教の枠を超えた思想・哲学書としても知られてるようです。

親鸞の生まれた平安末期は動乱の世と言われ、当時の死生観や善悪の価値観は彼の人格形成にも大きく反映していたでしょう。そんな時代と現代をどう置き換えられるか…。
生きるのに疲れた母と死ぬ間際に見つめ合ったのを何度も思い出してます。母の脳裏には何がよぎったのか、いずれその時を迎える自分はどうなるのか。
一応記しておきますと僕に信仰心はありません。極楽浄土にも関心ないですし、昨年の体験を宗教的観念に結びつけるつもりもないんですが、こうした仏教思想に触れる良いきっかけにはなりました。今後もぽつぽつと話題にしていくかもしれません。
何やら真面目な話なのに、更新ネタはこれまたひじょーにユルい。阿弥陀仏に失礼かもですなw。画像、何にしょうか迷いまして、これは2010年『親鸞展』で限定発売されたらしい公式フィギュア(海洋堂作)。

→枝枝新報 本館・猫なみ劇場




edashin117 at 13:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)