母親

2014年11月06日

[141103]実家をたたむ

父親の3回目の月命日にあたる11/3、予定どおり実家退去を終えました。

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ここで両親が暮らした期間は29年。最後の10年は辛かったかもしれません。
母親がうつ病を発症したのが2004年10〜11月で、当時僕もこれからどうなるのか随分悩みましたが、ほぼ10年を経て実家関係はこうした形で終結しました(とはいえ、残務的に色々まだ残ってはいるんですけど)。

「きっとそうよ、お母さまがお父さまを」。父親が死んでから、そんなようなことを何名の方から言われましたね。大体、母親については父親の無理解さが大きな要因ともいえまして、そのうち自分が認知症になり、お浄土にいる母親が、我々の先を憂いて強制終了の念でも送った?と思えなくもない(苦笑)。いま振り返るとこの10年間、我々は一本のレールに乗っていたのかもしれません。実の父にひどい言いようじゃねーかと? 昨年から家族の現在過去未来については色々考えさせられました。もちろん、息子として父親を偲ぶ気持ちに偽りはありません。11月16日には母親の一周忌法要が控えています。

※画像は前日に処分した父の机(昭和37年購入と確認)。僕が生まれる前からあった。幼少時、この机の下にこもってるのが好きだったらしい。

edashin117 at 23:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年12月22日

[131222]一ヶ月過ぎて

DSC_0001無事三連休もとれて、ようやく更新らしきを。

母の死去から一ヶ月が経過しました。人が死ぬと本当に様々なことがありますね。
その後の僕は、せわしい師走仕事の合間をぬって、法手続きや今月28日に予定している四十九日の準備とそれに伴う各種手配に忙殺される日々。そして父親の健康問題にも頭を巡らしていました。これには非常に参ってまして。以前から意固地で怒りっぽいところはありましたが、それが物忘れとともに顕著になってるのです。事務作業をするのに、父親の承認などでいちいち大変な労力を使います。生前の母親はさぞ大変だったろうと胸を痛めました。
来年以降おそらく僕は、今後の日本で深刻な社会問題にもなってる事態に直面するでしょう。それは家族と自分の現在過去未来についても考えさせられるだろうし、ある程度しんどくなるのかなと。とはいえ、己の生活が肝心だし、日常とのバランスを保たねばなりません。

年末年始はいわゆる喪中で過ごします。お世話になる浄土真宗では「まったく気にするな」という変わった教義なんですけどね。宗教心など全くなかったくせに、そういうあり方に興味を抱き、最近ではネットや関連書籍をリサーチしています。
色々な心労が伴うけれど、こうした実体験から母親と家族、宗教について考えていけるのは貴重なことなのかも知れません。

画像は生前の母がよく着ていた服。タンスを整理した妹から何故かわたされた。ちょっと着てみたら不思議な気持ちに(苦笑)。



edashin117 at 20:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)